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昭和21年(1946)12月21日4時19分、南海道沖でM8.1の地震が発生し、津波が襲来した。被害は中部日本以西の全県下にわたったが、特に県下の被害は甚大で、死者670人、負傷者1,652人、家屋倒壊4,823戸、全半壊9,292戸、家屋流出566戸、浸水5... 続きを読む
昭和27年(1952)11月5日2時1分、カムチャッカ半島でM8.2の地震が発生した。土佐清水では6時20分に津波の第一波を、9時41分に103cm、18時55分に100cm、20時30分に112cmを観測した。 続きを読む
昭和32年(1957)3月9日23時22分、アリューシャン諸島でM8.0の地震が発生した。土佐清水では10日6時15分に第一波を、また10日7時~12日20時の間に津波を観測し、最大全振幅は62cmであった。 続きを読む
昭和35年(1960)5月24日、前日にチリ沖で発生したM8.5の地震に伴う津波が襲来した。津波の第一波の襲来は高知で3時24分、土佐清水で3時35分で、最大全振幅は高知で310cm、土佐清水で268cmであった。この津波で、高知県の被害は負傷者1人、建物全壊... 続きを読む
昭和36年(1961)2月27日3時10分、宮崎県沖でM7.0の地震が発生した。津波の第一波は、土佐清水で3時43分に26cm、高知で3時53分に5cmを観測した。最大全振幅は、土佐清水で4時18分に95cm、高知で5時52分に17cmであった。 続きを読む
昭和43年(1968)4月1日午前9時42分、宮崎県沖でM7.5の日向灘地震が発生した。高知県の被害は負傷者4人、住家全壊1棟、半壊2棟、一部破損21棟、道路損壊7箇所、船舶破損2隻に及んだ。津波の第一波は、室戸岬で10時17分に24cmであった。各地の津内の... 続きを読む
宝永4年(1707)10月4日、東海南海道沖大地震により、五畿七道に大被害。津波により甲浦港の漁船が舟越に打ち上がり、港の御殿橋が流失した。白浜はほとんど流失、河内は3分の1程度が流失、生見や野根は被害がなかった。宍喰はほとんど流失し、死者11人、海部灘沿岸も... 続きを読む
大正6年(1917)11月、干ばつにより、物部川の水が著しく減少し、その後も翌年1月にかけて少雨が続いたため、三島村では井戸水が涸渇し、全戸が飲み水にも困る状態になった。このため、山田堰土工組合では、山田堰の砂吐きを切り落とし分水して、村民の困窮を救った。 続きを読む