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寛政11年の水論

寛政11年(1799)、水論のため、南吉田村より総百姓が押し寄せて来た。(「余土村誌」による) 続きを読む

嘉永5年の干ばつ

嘉永5年(1852)、大干ばつ。(「余土村誌」による) 続きを読む

昭和42年の干ばつ

昭和42年(1967)7月10日から10月5日までの85日間、西日本を中心に記録的な干ばつとなった。みかんは8月下旬頃から葉が巻き始め、いわゆる菊みかんと呼ばれる肌の凹凸のみかんとなった。スプリンクラー等のかん水施設を急設し、農家は昼も夜もかん水作業に追われた... 続きを読む

昭和4年の干ばつ

昭和4年(1929)7月10日から9月19日にかけて、各地で干害被害が出た。 続きを読む

昭和54年の集中豪雨

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昭和54年(1979)6月17日から7月1日までの雨量は480ミリ、山間部では600ミリを超えた。特に6月30日には1時間当たり100~150ミリの集中豪雨となり、各地で山崩れや河川の氾濫により、多くの被害が出た。土居谷川上流では河川の決壊や水田の流出が80箇... 続きを読む

昭和35年のチリ地震津波

昭和35年(1960)5月24日、チリ地震による津波で、御荘港の最も深いところにある成碆海岸では既往の最高潮位を突破して3.9mを観測した。このため、潮は海岸堤防を溢流、あるいは退潮時に砂の吸い出しを受け、短時間に多回数の潮の打ち上げによって堤防が決壊した。 続きを読む

昭和35年6月の大雨

昭和35年(1960)6月21日~22日、梅雨前線により、東宇和郡、伊予郡及び北部県境では200ミリ以上の多雨になったと推定される。県下の被害は負傷者2人、家屋の全壊1戸、半壊2戸、床上浸水1戸、床下浸水262戸、非住家7戸、田の流失・埋没1ha、冠水352h... 続きを読む

昭和35年7月の集中豪雨

昭和35年(1960)7月7日~8日、梅雨末期の集中豪雨により、今治、波止浜、菊間で2日間の雨量が150ミリ前後となり、越智郡内及び今治市の河川・道路に大きな被害が出た。被害は家屋の半壊1戸、床下浸水153戸、田の冠水193ha、畑の冠水51ha、橋梁破損1箇... 続きを読む

昭和30年4月の豪雨

昭和30年(1955)4月15日~17日、低気圧に伴う豪雨は瀬戸内西部に100ミリ内外の雨量をもたらし、各河川は増水し、各地に崖崩れが生じた。特に中予では200ミリを超えた所があり、被害が大きかった。 続きを読む

昭和35年の台風16号

昭和35年(1960)8月28日~29日、台風16号により、県下全般にわたり河川、海岸、道路等に被害が続出した。県下の被害は死者1人、家屋の半壊2戸、床上浸水1戸、床下浸水301戸、田の冠水28ha、畑の冠水1ha、堤防決壊1箇所、山・崖崩れ3箇所に及んだ。 続きを読む

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