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慶長9年の地震

慶長9年(1604)12月16日、地震により、東海、南海、西海が大いに震い、三崎にも津波。この地域でも震害があった。(「愛媛県気象史料」、「愛媛県土地保全資料」等による) 続きを読む

昭和27年の干ばつ

昭和27年(1952)7月21日~8月31日、干ばつにより、特に南予地区では各所で水騒動が起こった。 続きを読む

宝永4年の地震

宝永4年(1707)10月4日、M8.4の地震により、東海、四国、九州の死者は1,844人に及んだ。この地域でも震害があった。(「愛媛県気象史料」、「愛媛県土地保全資料」等による) 続きを読む

明治8年の干ばつ

明治8年(1875)6月~7月、干ばつ。 続きを読む

昭和33年の干ばつ

昭和33年(1958)7月23日~8月27日までの総降水量は7.3ミリで、伊方町の被害面積は596.5ha、被害金額5,581万円余、被害農家戸数2,134戸に及んだ。(伊方町資料による) 続きを読む

明治16年の干ばつ

明治16年(1883)、大干ばつ、赤痢流行した。 続きを読む

昭和34年の干ばつ

昭和34年(1959)、干ばつ。6月24日現在で、甘藷種付総延べ面積は289.5haで、全面積の85%程度であった。大雨乞いを行った。(伊方町資料による) 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)6月25日~8月4日、大干ばつで、松山の降水量は41日間で20ミリであった。明治24年、25年、26年と干ばつが打ち続き、赤痢流行。(「町見郷土誌」による) 続きを読む

昭和35年の干ばつ

昭和35年(1960)7月6日~8月11日までの総降水量は3.8ミリで、植え付け後の作物も枯死寸前の状態で、果樹も落葉し、果実の生育は停止した。飲料水も3日に1回の時間給水となった。被害面積713.3ha、被害金額4,783万円余。(伊方町資料による) 続きを読む

明治27年の干ばつ

明治27年(1894)7月26日~8月31日、大干ばつで、稲作及び農作物などに甚大な被害があった。松山の降水量は37日間で16ミリであった。 続きを読む

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