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慶応3年の干ばつ

慶応3年(1867)、大干ばつにより、稲作不振。 続きを読む

昭和9年の干ばつ

昭和9年(1934)7月27日~8月30日、夏型の天気が続き、平坦部では雨量が少なく、干ばつとなった。八幡浜の降水量は6ミリであった。(「愛媛県史概説」による)伊方村役場記録によると、干ばつにより、桑樹が枯死し、秋蚕、晩秋蚕は飼育不能となった。西宇和郡町村長会... 続きを読む

昭和14年の干ばつ

昭和14年(1939)7月から夏型の気圧配置となり、8月にかけて近年まれに見る干ばつとなった。愛媛県では特に東予、中予で著しく、農作物に多大の干害が出た。松山の降水量は7月24ミリ、8月34ミリであった。(「愛媛県史概説」による) 続きを読む

昭和22年の干ばつ

昭和22年(1947)、干害。9月17日、干害調査のため、郡支部食糧検より来村。(「伊方村日誌」による) 続きを読む

昭和26年の干ばつ

昭和26年(1951)7月21日の梅雨明け後、夏型の晴天が持続し、南予沿岸部では8月16日まで無降水日が゙27日間を記録した。水不足のため、甘藷その他の畑作は相当の干害を受けた。(「愛媛県史概説」による) 続きを読む

昭和27年の干ばつ

昭和27年(1952)7月21日~8月31日、干ばつにより、畑作は干害を受けた。日照りに悩む山間部では真夜中に水汲みをした。(「愛媛県史概説」による) 続きを読む

昭和28年の干ばつ

昭和28年(1953)7月23日から8月27日までの36日間に、中予及び東予では降水量20ミリ以下で、渇水のため飲料水が不足した所もあり、畑作及び夏かんに干害が出た。(「愛媛県史概説」による) 続きを読む

昭和34年の干ばつ

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昭和34年(1959)、干ばつ。6月24日現在で、甘藷種付総延べ面積は289.5haで、全面積の85%程度であった。(伊方町資料による)町内各地区で雨乞いの行事を行い、7月7日4時より八幡神社で各地区総動員で「大雨乞い」を開始したところ、6時より降雨となった。... 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)6月25日より、夏型の気圧配置が継続し、暑熱の天気となった。8月4日まで降水量は寡少で、松山では41日間に20ミリであった。(「愛媛県史概説」による) 続きを読む

昭和35年の干ばつ

昭和35年(1960)7月6日~8月11日、干ばつで、この間の総降水量は3.8ミリであった(伊方中学校観測所)。昭和33年につぐ干ばつで、植え付け完了後の作物も枯死寸前の状態となり、果樹も落葉し、果実の成育は停止した。被害面積713ha余、被害金額4,783万... 続きを読む

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