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仁和3年(887)7月30日16時頃、M8.6の地震が発生した。この地震は、京都付近の寺社家屋の被害状況から、南海地震の中で最大の地震と推定され、宝永地震(M8.4)よりもさらに大きな地震であったようである。しかし、土佐に関する史料は全くない。 続きを読む
康和元年(1099)1月24日6時頃、M8.0の地震が発生した。土佐から京都に出した手紙(兼仲卿紙背文)の中に「土佐国潮江庄康和二年正月□□四日地震之刻国内作田千余町皆以成海底」とあるのが唯一の記録である。当時の潮江地区には千余町歩の田畑はなかったため、海... 続きを読む
康安元年/正平16年(1361)6月24日4時頃、M8.4の地震が発生した。この地震については「田村下庄正興寺の古文書大塩に流失」の記録が、土佐における唯一のものである。なお、当時の正興寺が田村のどこにあったのかは明らかではない。 続きを読む
慶長9年(1604)12月16日22時頃、M7.9の地震が発生した。この地震については佐喜浜の僧暁印置文をはじめ、わずかな記録が残されている。津波の高さはこれらの記録から県東部の室戸市では宝永津波と同等またはそれ以上であり、県中部・西部では須崎八幡宮・与津... 続きを読む
宝永4年(1707)10月4日13時45分頃、東海道沖と南海道沖でM8.4の地震がほぼ同時に発生し、その後津波が襲来した。土佐藩が幕府に提出した報告によると、被害は流家11,170軒、潰家4,866軒、破損家1,742軒、死人1,844人等であり、死人のう... 続きを読む
安政元年(1854)11月5日16時35分頃、M8.4の地震が発生し、その後津波が襲来した。被害は死者372人、流失3,818戸、全壊4,815戸、半壊10,289戸、焼失3,301戸等に及んだ。 続きを読む
昭和21年(1946)12月21日4時19分、M8.1の地震が発生し、その後津波が襲来した。被害は死者670人、流失566戸、全壊4,824戸、半壊9,312戸、焼失196戸等に及んだ。 続きを読む
天武天皇13年(684)10月14日、M8.4の地震が発生した。日本書紀によると、山崩れ河涌き、諸国の郡官舎、百姓倉、寺塔、神社の倒壊多く人畜の死傷多し、津波来襲し、土佐の運調船多数沈没、伊予の温泉湧出とまり、土佐では田苑50余万頃(11.3~13.7平方... 続きを読む
康安元年/正平16年(1361)6月24日、M8.4の地震が発生し、紀伊半島の湯の峯温泉の湧出が止まった。津波が沿岸を襲い、摂津、阿波、土佐で被害が出た。特に阿波の雪湊(由岐)では流出1,700戸、流死60人(以上?)の被害となった。津波に先立ち難波浦では... 続きを読む