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昭和18年(1943)7月21日から降り出した雨は22日夜より豪雨となって、重信川、砥部川、久谷川が増水した。その後、重信川堤防が決壊して奔流が堤防南側の水田を押し流し、拝志村堤防決壊による濁水が久谷川堤防を押し切り、双方相和して高尾田耕地を経て重信橋南40間... 続きを読む
享保17年(1732)5月下旬から降り出した雨は、7月上旬まで続き、重信川などが氾濫し、これに6月中旬から稲田に発生したウンカが追い打ちをかけて、飢饉となった。西南諸藩の中で松山藩の被害は特に甚大であり、藩から幕府への報告によると、藩内の餓死者は3,489人で... 続きを読む
昭和20年(1945)10月10日、阿久根台風により、重信川の堤防は各所で決壊した。上高柳でも内土手を含めて3箇所で決壊し、川原と化した。 この後、重信川は直轄河川改修工事を施工することになった。 続きを読む
昭和20年(1945)9月17日、枕崎台風が枕崎に上陸後、愛媛県の北西端を経て能登半島の東方に去った。県下の被害は、死者159人、負傷者328人、行方不明23人などとなった。稲作被害は3,700町歩、中糯・晩稲720町歩は収穫皆無であった。松前町では、17日夜... 続きを読む