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昭和13年9月の台風

昭和13年(1938)9月5日11時7分頃、台風が牟岐から上陸し、徳島の真西を通って13時に北灘に抜けた。4日と5日の2日間に福原で780ミリと言われるなど短時間で強雨があったため、鮎喰川、勝浦川、穴吹川、貞光川、宮川内谷川、佐馬路川等の小河川で山崩れと氾濫が... 続きを読む

大正2年の干ばつ

大正2年(1913)6月、梅雨期に入っても雨は少なく、7月も乾天の日が多く続き、小松島では月雨量が2ミリに過ぎず、徳島の15.7ミリも7月としては第2位の少記録となった。8月18日以降の降雨により干ばつ被害を軽減することができた。水稲収量は非常に悪いという程で... 続きを読む

昭和14年の干ばつ

昭和14年(1939)5月から9月にかけて、干ばつ。幸い徳島県は吉野川その他の水量豊富な河川があるので、他県に比べ水稲は佳作を示し、陸作物の甘藷では多少の低下を来した。 続きを読む

大正3年の干ばつ

大正3年(1914)7月中旬から、干天となった。時々降雨があったので、大きな旱害にはならなかった。/8月3日~5日、雨乞い。(「井内谷村史」による) 続きを読む

昭和14年の台風

昭和14年(1939)10月16日、台風が九州南端をかすめて東進した。徳島では15日から降雨が始まり、16日~17日の夜に最も強く、那賀川下流域を除いて200ミリ内外を計測した。総雨量は大部分で200~300ミリになっている。被害は全壊1戸、床上浸水23戸、床... 続きを読む

嘉永6年の干ばつ

嘉永6年(1853)5月22日~7月2日、大干。(「名東郡誌」による)/3ヶ月雨なし。(「大俣村誌」による)/雲早山で大雨乞い。(「佐々木氏覚書」による) 続きを読む

安政元年の東海地震

嘉永7年(1854)11月4日9時、地震。県下全体に有感。 続きを読む

安政元年の南海地震

嘉永7年(1854)11月5日17時頃、地震。封内人家倒るるもの3,000余、海南郡諸浦海溢れ家屋漂没し、人畜多く死す。(「蜂須賀家記」による)/このほか「阿波藩民民政資料-板野郡中財家文書」、「相生村史」、「勝浦郡誌」、「吉野川」、「元木文書」、「宍喰浦旧記... 続きを読む

安政2年の干ばつ

安政2年(1855)7月7日降水量、干ばつ。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

安政5年の干ばつ

安政5年(1858)、干ばつ、苗床が出来ぬ位。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

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