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天武天皇13年(684)10月14日、地震が起こった。土佐では田地50万頃が陥没して海になったと言われている。現在の久礼湾もこの時の陥没によってできたようである。 続きを読む
宝永4年(1707)10月4日午前9時、大地震が起こった。山は崩れ、家は倒れ、大地の割れ目から潮が湧いた。その上、午後1時から大潮が来て、家屋は全部流され、人畜の死傷は数知れず。この時の潮は、南は大坂谷、北は焼坂の麓、長沢は常賢寺前まで押し寄せ、死者は200余... 続きを読む
安政元年(1854)11月4日午前8時、地震が起こった。翌5日5時に地震は激しくなり、家屋、土蔵はみな倒れた。この強震は半時間ばかりで微震となったが、人々は津波を恐れて山に登った。間もなく大津波がやってきた。その後も震動が続いたため、人々は食物や衣類等を山へ運... 続きを読む
大正14年(1925)9月17日夜半頃から、台風による豪雨となり、東豊永では南小川にかかっていた4つの橋全部と村役場の付属建物、金庫及び大滝の観測所などが流失し、西川では水死者も出た。また、天坪地区では、戸手野の通称「西の向山」の一角350㎡が連日の雨により崩... 続きを読む
昭和3年(1928)8月30日午前10時頃、夜来の暴風雨のため、筏木の山が大音響とともになだれ落ち、土石流のため一家8人が吉野川に押し流された。人々が駆けつけた時には、家は数町も下流に流されており、吉野川の濁流はものすごい勢いの上に、風雨も激しく救助のすべもな... 続きを読む
昭和36年(1961)10月6日午後、台風23号が熱帯低気圧となり、湿った空気を伴って高知県に上陸した。大豊町では6日夜から7日未明にかけて300ミリを超す集中豪雨に見舞われた。町関係の被害は村道36箇所、橋梁10箇所、農地85町、学校1校等で、被害額は9,2... 続きを読む
昭和29年(1954)9月、台風12号は連続降水量830ミリ、最大時間雨量80ミリを記録する豪雨を伴い、東豊永全般にわたって208箇所、36haの崩壊と地すべりを発生させた。その後も崩壊が続き、国・県の各機関における対策事業が本格化した。 続きを読む
昭和41年(1966)5月21日~22日の集中豪雨により、23日午前6時過ぎに大豊町小川で大規模な山崩れがあり、国道32号と土讃線が不通になった。このため、園芸野菜の出荷や通勤・通学にも大きな影響を受けた。この災害を契機に、国鉄は土讃線の路線を変更することにし... 続きを読む