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明治9年の雷雨

明治9年(1876)10月31日夜、雷雨甚だしく、中筋川・後川の川筋等、山崩れ多く、没家、圧死者多し。耕地の被害もまた甚大。 続きを読む

昭和19年の干ばつ

昭和19年(1944)、干ばつ。この年は、県の晩稲作付指導で7月20日以後の植え付けとなったが、植え付け直後から旱天が続き、植え付け不能地も多くなり、作付地でも収量は50%程度で、供出割り当てはおろか自家用にも事欠く状況であったという。 続きを読む

明治36年の洪水

明治36年(1903)、洪水。伊与喜の奥地に入植していた人家2軒が山崩れに押し流され、死者5人を出した。 続きを読む

寛政11年の洪水

寛政11年(1799)10月5日、山潮洪水により、所々山崩れが起こり、山路村小川の水は大洪水となった。(小野家資料による) 続きを読む

大正9年の洪水

大正9年(1920)8月15日朝、前日からの雨が篠つく豪雨となり、伊与木川は濁水氾濫して、全村の耕地は水底に没した。人家もほとんど床上浸水し、人々は胸を没する濁水の中を高地に避難した。浸水がひどかった家では、夜になって浸水が二階の床上3尺に及び、二階から船で脱... 続きを読む

寛永3年の干ばつ

寛永3年(1628)4月より8月まで、大旱。(「宮崎文書」による) 続きを読む

明治23年の洪水

明治23年(1890)9月11日、2、3日前から降り続いた雨は午前6時に大豪雨となり、正午過ぎに大洪水となった。増水は夕方6時頃まで続き、植林が根こそぎえぐり取られ、馬や家屋が流れ、人々は山や小高い丘に逃げ延びた。村内の被害は死者4人、死馬4頭、家屋の流失・損... 続きを読む

元禄14年の干ばつ

元禄14年(1701)4月から6月まで干ばつ。(「宮崎文書」による) 続きを読む

昭和19年の干ばつ

昭和19年(1944)、未曾有と言われた大干ばつにより、槇野々で稲作が不能となり、田5町歩に小豆類が植えられた。 続きを読む

正徳4年の干ばつ

正徳4年(1714)、国中干ばつ。(「宮崎文書」による) 続きを読む

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