検索結果

29860件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

元禄4年の干ばつ

元禄4年(1691)、日照りが続き、雨乞いをした。(豊中町の水を求めての歴史) 続きを読む

寛文6年の干ばつ

寛文6年(1666)、干ばつ。 続きを読む

寛文8年の干ばつ

寛文8年(1668)、干ばつ。高松平野の日照りは厳しく、藩命により香東川安原の百々渕(藩の祈雨所)で、雨乞い祈願が行われた。(「松平頼重伝」による) 続きを読む

元禄10年~15年の干ばつ

元禄10年(1697)~元禄15年(1702)、6年間は干ばつの連続であった。特に元禄15年の讃岐は大雨、洪水、大干ばつ、いなごの大発生などで百姓たちは飢餓にさいなまれたという。 続きを読む

宝永3年の干ばつ

宝永3年(1706)夏、大日照りが続いた。 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)、M8.0の南海地震により、香川県では3,000戸余の家屋が全半壊した。 続きを読む

寛永3年の干ばつ

寛永3年(1626)、讃岐は大干ばつに襲われた。「全讃史」には「寛永三年閏四月七日、大風雨あり。爾後、雨降らず。・・・・(略)亢陽(日照り)すること九十五日なりき。野に餓莩(餓死者)有り」と記されている。 続きを読む

寛政2年の干ばつ

寛政2年(1790)夏、大干ばつ。高屋村が三ヶ庄用水路の分け股をせいて林田村の本村5町歩への流れを遮断したため、林田村と水争いとなった。この争いはその後数年間続いた。 続きを読む

寛永3年の干ばつ

寛永3年(1626)、讃岐を大干ばつが襲った。この翌年、幕府の隠密が讃岐に入り、災害の跡を記録した「讃岐探索書」が残されているが、これによると「寛永三年の物成、ことごとく日に焼け、十の物一つ御座候の由にて・・・・(中略)一村にて五人、六人づつ見る見る、かつへ死... 続きを読む

寛永20年の干ばつ

寛永20年(1643)、大干ばつが讃岐を襲った。「卯月下旬より六月下旬に至り、雨なし、諸国秋より冬に至り、餓死衟(ちまた)に満つ。当国その十分の一に及ぶ」(讃岐国大日記)という悲惨な有様であった。 続きを読む

1 2,583 2,584 2,585 2,586 2,587 2,588 2,589 2,590 2,591 2,592 2,593 2,986