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天武天皇13年の地震

天武13年(684)、地震、津波により、土佐、南海方面に被害甚大。 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)11月5日~14日の10日間にわたる大地震により、瓦は落ち、家は倒れ、土地の亀裂は1m以上に及ぶものもあり、ため池の水は溢れ、山上の岩石は転落して、さらに対岸にはね上がった。川の水は奔流したり、逆流したりして、人々は火を消し、戸を開けて、眠... 続きを読む

明治38年の芸予地震

明治38年(1905)6月2日14時39分、安芸灘を震源とする芸予地震が発生し、松山市周辺で震度5、その他の県下全域で震度4を記録した。この地震で、愛媛県では負傷者17人、家屋の全潰8戸、半潰53戸、破損235戸、煙突破損16箇所の被害を受けた。(「日本災害地... 続きを読む

明治42年の地震

明治42年(1909)11月10日15時14分、足摺岬南方でM7.9の日向灘としては最大級の地震が発生した。宮崎市付近の被害が大きく、大分県以南の九州、四国、広島、岡山県などでも被害が出た。 続きを読む

大正10年の地震

大正10年(1921)9月6日2時59分、大分県佐伯付近でM5.7の地震が発生した。数日前からの降雨で弛緩した崖が崩れる被害があった模様である。 続きを読む

昭和6年の地震

昭和6年(1931)11月2日3時53分にM6.3の地震が、また19時3分にM6.6の日向灘を震源とする地震が発生した。宮崎県で被害が大きかった。宇和島の震度は3で、被害は少なかったようである。別府湾から南へ200kmにわたり発光現象があり、海の方向に見たとい... 続きを読む

慶安2年の地震

慶安2年(1649)2月5日、伊予灘を震源とするM7.1の地震が発生した。三瓶町の震度は6程度で、当町の地震としては最大規模のものであったと推定されている。「寛明日記」によると、松山城では石垣20間、塀30年余が崩れ、宇和島城では石垣116間、長塀780間が破... 続きを読む

昭和16年の地震

昭和16年(1941)11月19日、日向灘でM7.4の地震が発生し、宇和島で震度4、南予一帯に多少の被害があった。津波が日向灘沿岸を襲ったが、宿毛で最大波高1mで、船舶に若干の被害があった程度であった。 続きを読む

寛文2年の地震

寛文2年(1662)9月20日子刻、日向灘を震源とするM7.6程度の地震が発生し、日向沿岸に被害をもたらした。古記録ではいわゆる日南海岸を中心に被害が多く著されており、三瓶町の被害は不詳。 続きを読む

昭和19年の東南海地震

昭和19年(1944)12月7日13時35分、南海トラフ東部でM8.0の東南海地震が発生し、津波により静岡、愛知、三重を中心に被害が集中した。震源からの距離に関係なく、沖積地、埋立地で被害が大きかった。地動は比較的緩やかで、家屋倒壊までに1分間くらいの余裕があ... 続きを読む

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