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昭和36年の第二室戸台風

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昭和36年(1961)9月の第二室戸台風及び10月の集中豪雨により、白鳥の松原周辺の250haは水没し、民家はほとんど床上浸水となった。このため、昭和38年に県営大規模湛水防除事業が採択され、施工された。(「白鳥湛水防除事業竣工之碑」の碑文による) 続きを読む

宝永4年の地震

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宝永4年(1707)10月4日、大地震、五剣山の一峰が崩壊。(「庄屋記録」、「讃岐国大日記」、「高松藩記」による) 続きを読む

宝永4年の地震

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宝永4年(1707)10月4日、暑気強く人皆衣を脱ぎ稲を刈る。時に大地震地裂け水湧く。墓石悉く倒れ、五剣山の一峯崩落。人皆逃避仮小屋造る。(「讃岐国大日記」、「高松藩記」による) 続きを読む

昭和36年の第二室戸台風

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昭和36年(1961)9月16日、第二室戸台風により、内海地区で河川26箇所、海岸2箇所、道路21箇所、橋4箇所、港湾、内海ダムの決壊があった。特に西村、坂手両村の海岸線の被害は甚大であった。西村の墓地は海岸線に点在しているものが多く、中でも水木、竹生の墓石被... 続きを読む

大正10年の洪水

大正10年(1921)、茨谷池(現在の鶴亀池)の堤防の決壊により、田畑への土砂流失、民家への被害。写真2枚。 続きを読む

明治32年の洪水

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明治32年(1899)8月28日、大雨が降り続き、各所で濁流により多くの人家が流された。仁尾の海岸には、難破船とともに33の遺体が打ち上げられた。これらは漁民によって南の墓地に埋葬され、「溺死三十三霊之塔」が建立されている。 続きを読む

慶安元年の大雨

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慶安元年(1648)2月7日、大雨のため、暮六ツ時分(午後6時頃)に井関池の大うてめ15間、小堤25間が破損した。 続きを読む

正保2年の風雨

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正保2年(1645)7月18日、雨風のため、井関池が破損した。 続きを読む

正保元年の豪雨

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正保元年(1644)8月晦日、豪雨のため、井関池の堤が初めて切れた。 続きを読む

慶応2年の寅の洪水

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慶応2年(1866)8月1日から8日まで降り続いた大雨のため、財田川と河内川は大水となり、田畑、人畜、家屋を押し流した。この時の水位の高さは、西上の宗運寺の石段で手が洗えたという。泥水が引いた後には、砂や石が20cmも積もっていた。この洪水は寅年の洪水と言われ... 続きを読む

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