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安政元年の南海地震

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安政元年(1854)11月5日、南海地震が発生した。この冊子には、松茂町の春日神社「敬渝碑」、徳島市の蛭子神社「百度石」、佐那河内村の長願寺「扁額」、小松島市の豊浦神社「石碑」、阿南市椿の八幡神社「常夜灯台石」、那賀町谷内の妙法寺「庚申塔」、美波町志和岐の「震... 続きを読む

宝永4年の地震

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宝永4年(1707)10月4日、わが国最大級の東海・東南海・南海地震が同時に起きた。この冊子には、宝永地震に関する石碑等として、海陽町浅川の観音堂「地蔵尊台石」及び「宝永ノ津波碑」、鞆浦の大岩「慶長・宝永地震津波碑」に関する情報が掲載されている。 続きを読む

慶長9年の南海地震

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慶長9年(1604)12月16日、南海地震が発生した。この冊子には、慶長南海地震に関する石碑等として、海陽町浅川の天神社「折損鳥居」、鞆浦の大岩「慶長・宝永地震津波碑」に関する情報が掲載されている。 続きを読む

康安元年/正平16年の南海地震

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康安元年/正平16年(1361)6月24日、南海地震、津波が発生した。この冊子には、正平南海地震に関する石碑等として、美波町東由岐の「康暦碑」、西の地「貞治の碑」に関する情報が掲載されている。 続きを読む

平成16年の台風21号

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平成16年(2004)9月29日8時30分頃、台風21号が鹿児島県串木野市に上陸し、豊後水道を抜け高知県宿毛市付近、大阪市付近に再上陸した。吉野川の最大流量は池田で約8,200立米/秒、岩津で約9,800立米/秒に達した。吉野川及び旧吉野川の被災状況は現在調査... 続きを読む

大正元年の洪水

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大正元年(1912)9月、善入寺島で家屋の流出や溺死者が出た。 続きを読む

承徳2年の洪水

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承徳2年(1098)、洪水により、善入寺島はそれまで地続きであった吉野川南岸から切り離されたと言われている。(宮崎淳) 続きを読む

承徳2年の洪水

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承徳2年(1098)、大洪水により、北を流れていた流路が岩津を切り離す。また、阿波郡粟島(善入寺島)が南岸の川島・鴨島より切り離されて島となる。(吉野川治水年表による) 続きを読む

明治32年7月の洪水

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明治32年(1899)7月、大洪水により、三加茂町内で流出家屋11戸、田畑数十町歩が磧となる大被害が発生した。当時の三庄村村長の国安邦太郎は堤防建設を関係当局に陳情したがかなわず、次善の策として水防竹林の造成を始めた。また、三加茂町中庄の長善寺の過去帳にも、明... 続きを読む

明治25年の高磯山崩壊

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明治25年(1892)7月25日、台風による豪雨のため、高磯山(標高611m)が崩壊し、流出した約400万立米の土砂は対岸の春森、久米鍛治の集落をのみ込み、崩壊家屋15戸、死者65人の被害が出た。崩壊した土砂は那賀川を堰き止め、総湛水量7,250立米(長安口ダ... 続きを読む

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