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元禄2年(1689)7月17日、風雨、洪水により、618家破れ、3人死す、損毛7,700俵免租。(「伊予風水害小史(宇和島御記録抜書)」による)/風雨、洪水により、破損家618件、死者3人、土地125町被害。(「日本気象史料(東宇和郡沿革史」による)/7月17... 続きを読む
元禄7年(1694)閏5月17日、18日、強風、洪水により、損耗616町、潰家240軒、破船6艘。(「伊予風水害小史(伊達氏事記)」による)/17日、18日、大風、洪水により、家屋210軒倒壊。(「日本気象史料(東宇和郡沿革史)」による)/閏5月、洪水。(「新... 続きを読む
元禄9年(1696)4月20日、宇和島で雷雨、中之川村で梅実の大きさの雹が降り、一夜で消えず損害多し。(「日本気象史料(東宇和沿革史)」による) 続きを読む
延宝8年(1680)秋期、洪水2回。連年の凶作により、民は大いに窮した。(「新居郡誌」による) (註)日本気象史料ではこの年の風雨・洪水として6件が挙げられているが、発現地はいずれも東日本であり、本項は疑わしい。 続きを読む
寛文13年(1673)5月13日~14日及び17日~18日、大雨、洪水により、損毛5,600石。(「伊予風水害小史(宇和島御記録)」による)5月、洪水。(「伊予風水害小史(宇和島吉田両藩誌)」による)5月、洪水の後、大干ばつにより収穫少なし。(「新居郡誌」によ... 続きを読む
寛文13年(1673)、古老の言い伝えによると、6月17日、18日より頻りに雨が降り、27日夜に石手川の堤が切れて城下町分及び代官町辺りも水溢れ、同心町、西堀端は水勢強く、堀の水と一面になり、追々水が増えたため、堀の上手に畳を運び、老若がこれに逃げたが、28日... 続きを読む