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正徳4年(1714)8月8日、肱川で出水、大洲で水位19尺。(「大洲警察署記録」による) (註)伊予について他に史料はないが、日本気象史料では、同日、近畿、東海道、奥羽いわたる大風雨を記している。 続きを読む
正徳5年(1715)6月21日、洪水23尺、家中浸水114軒、床上2尺に上る。(「伊予風水害小史(加藤家譜)」による)/6月、風雨により、損毛6,000石。(「伊予風水害小史(宇和島吉田両藩誌)」による)/6月、暴風雨、かつ年中雨多く、五穀実らず。(「新居郡誌... 続きを読む
正徳6年(1716)5月、大雨により、損毛1万余石。(「伊予風水害小史(宇和島吉田両藩誌)」による)/5月6日、大暴風、凶作なり。(「新居郡誌」による)この年、両度洪水あり。(「伊予風水害小史(加藤家譜)」による) 続きを読む
正徳6年(1716)6月8日、松山御領分で大風雨により、民家の潰家8軒。(「松山叢談(津田家記)」による)/この年、両度洪水あり。(伊予風水害小史(加藤家譜)」による) 続きを読む
享保6年(1721)閏7月6日、洪水により、損毛多し。(「伊予風水害小史(東宇和郡沿革史)」による)/閏7月6日、洪水19尺5寸。(「伊予風水害小史風水害(加藤家譜)」による) 続きを読む
宝永4年(1707)8月19日、松山で大風雨のため、破損数々、20,179石御損毛。(「松山叢談(津田家記)」による)/8月18日、19日、烈風雨、海嘯あり、損毛禾2万石、倒家2,800軒、17人流死。(「伊予風水害小史(宇和島御記録抜書)」による)/8月18... 続きを読む