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元文元年(1736)5月、8月16日~18日、洪水、損毛23,000余石。(「伊予風水害小史(宇和島御記録抜書)」による)/8月及び12月、水害。(「伊予風水害小史(宇和島吉田両藩誌)」による) (註)いずれも傍証なし。殊に12月の水害はいかなる現象かと疑問。 続きを読む
元文4年(1739)8月5日、東風強く、大雨、出水、増水6尺6寸、損毛862町。(「伊予風水害小史(今治拾遺)」による)/8月5日、松山領で大風雨、損毛高14,065石余。(「松山叢談(本藩譜)」による)/6月及び8月、両度の洪水により、損毛26,000余石。... 続きを読む
寛保元年(1741)7月22日御届、風雨による損毛14,083石2斗余、その後不熟50,4862斗余、都合64,569石4斗余。(「松山叢談(本藩譜)」による)/7月22日、風雨、増水16尺。(「伊予風水害小史(加藤家譜)」による)/7月22日、風水害。(「伊... 続きを読む
享保16年(1731)8月、風雨、損毛6,500余石。(「伊予風水害小史(今治拾遺)」による) (註)起日不明であるが、日本気象史料によると、8月10日~12日に薩摩、京都、因幡、大垣、江戸、岩手等に風水害の記事あり。 続きを読む
享保17年(1732)閏5月10日、雨が打ち続き諸川で出水、郡役人その他がそれぞれ水防場所に罷り出る。久米郡和泉村の池等が所々損壊、温泉郡畑寺村大洲原池堤が切れる。その他川筋では大損害はなかったが、堤が切れ田に砂入、水押数々あった。(「松山叢談(西岡家記)」に... 続きを読む
享保17年(1732)5月上旬より霖雨降り続き、6月に入っても止まず、7月上旬に漸く晴れ間を見せた。60日間にわたる大雨で領内一帯の河川は皆氾濫決壊し、天候不順のため、7月以来は浮塵子の大発生に至った。享保17年の伊予郡松山領内の米の収穫は合計21石に過ぎなか... 続きを読む