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昭和19年(1944)12月7日、熊野灘地震により、徳島で震度4であったが、被害は軽微であった。(「徳島県災異誌」、「徳島県史」、「徳島県史料年表」、「吉野川」、「松島町史」等による) 続きを読む
昭和21年(1946)12月21日、南海大地震。徳島で震度5となり、建物、道路などに被害があった。徳島県下の被害は死者202人、行方不明258人、家屋全壊602戸、半壊914戸に及び、吉野川下流一帯に地盤沈下が起こった。(「徳島県災異誌」、「徳島県史」、「徳島... 続きを読む
昭和30年(1955)7月27日、那賀川上流を中心に震度5の地震があった。死者1人、山崩れ、道路破損などの被害があった。(「徳島県災異誌」、「徳島県史」、「徳島県史料年表」、「吉野川」、「松島町史」等による) 続きを読む
昭和35年(1960)5月24日、チリ地震による津波。徳島県では、橘町で正常潮位から2.5~2.9mも海面上昇し、全町の75%が被災し、このうち50%は床上浸水の被害を受けた。被害総額は7億4,000万円で、災害救助法が発動された。(「徳島県災異誌」、「徳島県... 続きを読む
明治32年(1899)9月8日、鈴川山の一部が大崩壊し、下手の樫原部落に土砂が流れ落ち、家8棟が埋没し、死者7人、馬1頭を失い、下流の耕地は土砂で壊滅した。 なお、昭和26年に樫原奥地の山地に一大亀裂が発見され、過去の経験から考えて崩壊すれば大惨事を引き起こす... 続きを読む
明治25年(1892)7月23日から25日にかけて、台風が室戸岬に上陸した。徳島ではそれほど強力ではなかったが、山腹の崩壊、家屋の倒壊、橋梁の流失、人畜の死傷など、空前の被害を出し、農作物も前年の60~70%程度しか収穫されない所が多かった。御所村でも多数の家... 続きを読む
白鳳13年(684)10月14日、地震により、土佐、伊予、大和で被害。阿波に関する記録は残っていないが、土佐国では50万頃の土地が陥没したと記されているので、海部郡でも強大な地震・海嘯があったことと思われる。 続きを読む
天保3年(1832)から8年(1837)にかけて、干ばつ、風水害、長雨等が続き、諸国大飢饉となった。阿波国でも窮乏は甚だしく、木の葉を摘み、木の実を拾い、曼珠沙華の根を掘って食い、草の根を噛んで命をつないだというが、餓死者は村にあふれた。「天保の飢饉」という。... 続きを読む