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宝暦7年の干ばつ・洪水

宝暦7年(1757)6月干天、7月大洪水により、民屋数千戸が壊れ、海水あふれて人畜多く没し、9月にもまた繰り返された。 続きを読む

宝暦12年の干ばつ

宝暦12年(1762)夏、大旱。6月、松平頼恭が高松藩に帰ると、農民の困苦を察し、大護寺の住僧栄寿に命じて雨乞いを行うとともに、宰臣肥田政朝を遣わして藩侯自筆の願文を納めた。6月26日に洪雨あり。 続きを読む

昭和19年の干ばつ

昭和19年(1944)、干ばつ。この年は綾子踊りはしていない。(「踊り歳控」による) 続きを読む

昭和13年の山崩れ

昭和13年(1938)9月5日朝来の暴風雨に伴い、七箇村字久保の中山の一角が午後2時頃崩壊し、家屋1戸が押しつぶされ、9名が生き埋めとなった。急報に接した警察署、消防組、青年団、村民など200余名が救助活動を開始したが、夜12時頃までに全員死体で掘り出した。こ... 続きを読む

明治45年の水争い

明治45年(1912)6月末、釜カ渕下の横井をめぐって、春日地区と塩入地区の人々が水争いをした。 続きを読む

大正3年の水喧嘩

大正3年(1914)7月30日、七箇村の農民2人が日頃の水喧嘩による不仲が爆発して、草刈り作業中に鎌を振り上げて喧嘩となり負傷した。 続きを読む

昭和2年の水喧嘩

昭和2年(1927)6月、春日の横井で農民がポンプでしばしば盗水していたため水喧嘩となった。 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)6月23日~8月15日までの54日間、降雨なしの大干ばつ。 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日の南海地震による東宇和郡の沈下量は、八幡浜市16cm、吉田町15cmから15~19cmと推察される。東宇和郡の被害は崩壊家屋252戸、床上浸水5戸、床下浸水260戸、農耕地29町歩、漁港12億8,806万円余に及んだ。高山村と... 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日の南海地震による北宇和郡の沈下量は見当が立たない。すなわち吉田町は15cm、宇和島市は26~29cm、岩松町は2cm、南宇和郡内海村泊では変動量が0となっている。吉田町では沈下の被害を受け、キジア台風時にも高潮被害を受けた。三... 続きを読む

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