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昭和45年(1970)8月21日8時過ぎ、台風10号が高知県佐賀町付近に上陸し、四国西部、中国地方を横断して日本海に抜けた。総雨量は四国山岳部で300~600ミリ、瀬戸内側で70~150ミリ、太平洋側で100~200ミリとなった。那賀川の水位は21日18時30... 続きを読む
昭和46年(1971)8月30日、台風23号により、総雨量は東部山岳部で300~600ミリとなった。雨量が多く、ダムの放流もあり、30日21時に古庄で最高水位7.94m、洪水量7,305立米/秒を記録した。那賀川流域では各所で山崩れ、崖崩れが相次ぎ、河道も堤防... 続きを読む
昭和51年(1976)9月8日から13日まで、台風17号により雨が降り続き、那賀川流域では降雨量が日早で2,772ミリ、坂州で1,535ミリに及んだ。大雨が長期間継続したため、古庄では5回にわたり警戒水位(5.00m)を突破し、その通算時間は45時間に及んだが... 続きを読む
昭和36年(1961)10月26日夜半、低気圧により、那賀川での雨は激しくなり、各観測所で時間雨量40~50ミリ程度の雨が数時間続いた。この雨は剣山南東斜面、特に那賀川中流部に集中して降った。那賀川の古庄では27日7時に最高水位7.23m、ピーク流量5,880... 続きを読む
昭和46年(1971)8月30日、台風23号の通過に伴い、瀬戸内側で100~300ミリ、太平洋側で200~300ミリ、東部山岳部で300~600ミリ、西部山岳部で300~800ミリの降雨があり、古庄ではHWL(計画高水位)まであと50cmに迫る洪水量7,300... 続きを読む
明治27年(1894)7月、大変な干ばつが続き、那賀川の水は不十分で稲が枯死寸前となり、農家が取水のために大変苦労した。この時、北岸の大井手堰(羽ノ浦町岩脇)と南岸の竹原堰(阿南市下大野町の通称ガマン堰)の水利組合員の間で水争いが起こった。 続きを読む
昭和45年(1970)8月、台風10号により、那賀川上流域で多雨となり、山崩れ、崖崩れが相次ぎ、下流部では土木構造物及び農作物に被害が発生した。(「徳島県災異誌」、「水害統計」、「那賀川改修史」等による)(那賀川における災害年表) 続きを読む