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寛永7年の干ばつ

寛永7年(1630)、天久しく雨を下さず、枯旱焚くがごとく、田面多くは亀裂して穀禾登らず。(「愛媛県農業史」による) 続きを読む

推古天皇36年の地震

推古天皇36年(628)、大地震により温泉塞がり、3年を経て舒明天皇3年9月に再び出づ。(「伊予温故録(温泉伝記)」による) 続きを読む

寛永7年の地震

寛永7年(1630)11月5日、地震により泉脈が閉塞した。(「大日本地震史料(道後温泉誌)」による) (註)この地震は、伊予温故録が引用する温泉伝記には記されていない。 続きを読む

天武天皇13年の地震

天武天皇13年(684)10月14日、逮子人定大地震、挙国男女叫唱不知東西、則山崩河涌、諸国郡官舎及百姓倉屋寺塔、神社破壊之類不可勝数、由是人民及六畜多死傷之、時伊予温泉没而不出、土左国田苑五十余万頃没為海、古老曰、若是地動未曾有也。(「大日本地震史料(日本書... 続きを読む

寛文3年の干ばつ

寛文3年(1663)、干ばつのため、物成三分の一不納なり。(「松山叢談」による)7月、大干ばつのため、不作。(「新居郡誌」による) (註)九州及び江戸の史料(日本気象史料)では、この年4月~7月にわたる干ばつを掲げている。相当広範囲の干ばつだったのであろうか。... 続きを読む

天平宝字7年の干ばつ

天平宝字7年(763)、南海道諸国では炎旱により、節度使を停む。(「愛媛県農業史(続日本紀)」による) 続きを読む

寛文4年の干ばつ

寛文4年(1664)、干ばつ。(「松山叢談(垂憲録拾遺)」による) (註)この年の干ばつについては他に史料がなく、また他地方に関する干ばつを記す史料もなく、あるいは前年の誤りか。 続きを読む

天平宝字8年の干ばつ

天平宝字8年(764)8月19日、山陽南海二道諸で旱疫。(「日本気象史料(続日本紀、日本紀略)」による) 続きを読む

応永23年の干ばつ

応永23年(1416)夏、大旱す。忠重なるもの神夢により龍王神社がある龍王ヶ峯に登り、3日3夜石上に立ち雨乞いす。効験あり。(「伊予温故録(龍王神社明細帳)による) 続きを読む

応永27年の干ばつ

応永27年(1420)、天下大干ばつ、畿内、西国殊に不熟、人民多餓死。(「日本気象史料(立川寺年代記)」による) 続きを読む

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