検索結果

29860件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

天明5年の干ばつ

天明5年(1785)、干ばつ。12月20日、御領分、当夏干ばつ、田畑不熟のため、御損毛16,428石の御届あり。(「松山叢談(本藩譜)」による)/夏、干ばつ、損害大なり。(「日本気象史料(松山市史)」による)/干ばつ、大風、収穫少なし。(「新居郡誌」による) 続きを読む

寛政2年の干ばつ

寛政2年(1790)夏、干ばつ。12月23日、御領分、当夏の干ばつのため、田畑不熟、御損毛74,508石の御届あり。(「松山叢談(某家記)」による) 続きを読む

寛政11年の干ばつ

寛政11年(1799)夏、大に旱す。(「伊予風水害小史(宇和島覚書)」による) (註)記事簡単、傍証なし。 続きを読む

文化元年の干ばつ

文化元年(1804)5月から7月まで、干ばつ。(「伊予風水害小史(宇和島御記録抜書」による) 続きを読む

文化3年の干ばつ

文化3年(1806)夏、干ばつ。12月22日、御領分、当夏の干ばつにより、田畑損毛高13,432石の御届あり。(「松山叢談(本藩譜)」による) 続きを読む

天武天皇13年の地震

天武天皇13年(684)10月14日、逮子人定大地震、挙国男女叫唱不知東西、則山崩河涌、諸国郡官舎及百姓倉屋寺塔、神社破壊之類不可勝数、由是人民及六畜多死傷之、時伊予温泉没而不出、土左国田苑五十余万頃没為海、古老曰、若是地動未曾有也。(「大日本地震史料(日本書... 続きを読む

寛文3年の干ばつ

寛文3年(1663)、干ばつのため、物成三分の一不納なり。(「松山叢談」による)7月、大干ばつのため、不作。(「新居郡誌」による) (註)九州及び江戸の史料(日本気象史料)では、この年4月~7月にわたる干ばつを掲げている。相当広範囲の干ばつだったのであろうか。... 続きを読む

天平宝字7年の干ばつ

天平宝字7年(763)、南海道諸国では炎旱により、節度使を停む。(「愛媛県農業史(続日本紀)」による) 続きを読む

寛文4年の干ばつ

寛文4年(1664)、干ばつ。(「松山叢談(垂憲録拾遺)」による) (註)この年の干ばつについては他に史料がなく、また他地方に関する干ばつを記す史料もなく、あるいは前年の誤りか。 続きを読む

天平宝字8年の干ばつ

天平宝字8年(764)8月19日、山陽南海二道諸で旱疫。(「日本気象史料(続日本紀、日本紀略)」による) 続きを読む

1 2,756 2,757 2,758 2,759 2,760 2,761 2,762 2,763 2,764 2,765 2,766 2,986