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元禄7年の地震

元禄7年(1694)閏5月25日壬辰、伊予地大震。(「大日本地震史料(野史)」による)/伊予国で大地震、火事。(「大日本地震史料(続日本王代一覧)」による) 続きを読む

文化11年の干ばつ

文化11年(1814)夏、干ばつ。12月26日、当夏以来、旱損により田畑不熟、損毛高46,107石余の御届書が老中に差し出された。(「松山叢談(増田家記)」による) 続きを読む

元禄9年の干ばつ

元禄9年(1696)夏大干ばつ、秋暴風雨、諸国大いに飢ゆ。(「新居郡誌」による)/夏季干ばつ。(「伊予風水害小史(宇和島吉田両藩誌)」による) (註)両記事が一致するため、干ばつが正しいとしても、この年、他地方に干ばつの史料が皆無であることから軽度のものであろ... 続きを読む

文化12年の干ばつ

文化12年(1815)夏、干ばつ。6月25日、干ばつのため、野村組22ヶ村で雲千人踊を行った。(「伊予風水害小史(宇和島覚書)」による) 続きを読む

元禄14年の干ばつ・洪水

元禄14年(1701)夏秋、干ばつ及び洪水両度あり、損毛3万石。(「伊予風水害小史(宇和島吉田両藩誌)」による)夏旱し、秋大水、損毛1万石。(「伊予風水害小史(微考)」による) 続きを読む

享保元年の地震

享保元年(1716)9月12日朝、強震あり。(「大日本地震史料(宇和島御記録抜書)」による) (註)この地震については、上記の他、宮地日記(土佐)に記事があるのみで、局地的なものであろう。 続きを読む

享保6年閏7月15日の洪水

享保6年(1721)閏7月15日、石手川の洪水につき、御出馬あり、家中面々過半が罷り出る。(「松山叢談(本藩譜)」による)/洪水による損毛は、浜手並びに池川の堤切れ117,141間、田畑の川成・砂入・水押3,716町6反余、流家・潰家・半潰889軒、溺死・潰死... 続きを読む

寛延3年の干ばつ

寛延3年(1750)12月16日、松山で旱損高42,059石余の旨、御届あり。(「松山叢談(松山年譜)」による) (註)この年、日本気象史料には干ばつを記した文献は皆無である。 続きを読む

宝暦5年の干ばつ

宝暦5年(1755)夏、大旱して、森松村に新たに関を拵え、八瀬水を取り、麻生村の田作は旱上がり。(「大洲日記」による) 続きを読む

明和6年の地震

明和6年(1769)7月28日8ツ時半、強震あり。(「大日本地震史料(宇和島御記録抜書)」による) 続きを読む

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