検索結果

29860件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

昭和35年のチリ地震津波

昭和35年(1960)5月23日4時11分頃、南米チリ沖で大地震が発生し、24時間後の24日早朝に津波が日本全域の太平洋岸に来襲した。本県に津波の第一波が来襲したのは高知(桂浜)3時43分であり、須崎市多の郷では4時50分~18時20分頃まで10数回堤防を越え... 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)11月5日、南海地震が起こった。火災により中ノ丁のほとんど全部と本町、上町、京町、新町の一部で89戸が被害を受けた。「中村魚市場記録」によると、5日七ツ時(午後4時)大地震が起こり、津波が到来し、家屋は倒壊し、焼失は数軒、負傷者は40~50... 続きを読む

昭和21年の南海地震

image

昭和21年(1946)12月21日午前4時15分頃、南海道大地震が起こり、全町2千余の家屋をほとんど全半壊させ、本町東側と中ノ丁両側の大部分と南上町の一部60余戸を焼き払った。紺屋町、南北上町、本町、南京町、一條通、天神橋は全滅、その他の町でも大半は倒壊または... 続きを読む

宝永4年の地震

image

宝永4年(1707)10月4日、大地震が起こり、その後海嘯が昼夜12回襲来し、5日暁に至ってようやく止んだ。「変災録」により、各村の被害状況を記すと以下のとおりである。中村では、地震により三分の二の家が倒れ、潮は町まで、渡川の潮は岩崎境脇田の池限り。宇山では、... 続きを読む

天武天皇13年の地震

天武天皇13年(684)10月14日、大地震が起こった。日本書記には「人定におよびて大地震、挙国の男女叫唱東西を知らず、山崩れ、河涌き諸国郡官舎及び百姓の倉屋、寺塔、神社、破壊の類あげて数うべからず。是によって人民および六畜多く死傷す。時に伊予の温泉没して出で... 続きを読む

仁和3年の地震

仁和3年(887)、大地震が起こった。白鳳時代以上の大地震であったが、土佐に関する記録はなく、口碑も伝えられていない。 続きを読む

慶長9年の地震

慶長9年(1604)12月16日、南海道沖大震。暁印置文には「16日の夜頓に地震す、其夜半ばかり四海波す、大潮入りて国々浦々破損滅亡す、崎の浜老若男女五十人波に流死す、隣在所を聞くに西寺東寺の麓の浦々にも男女四百人余り死す、甲浦は350余人死す、宍喰に老若男女... 続きを読む

宝永4年の地震

宝永4年(1707)10月4日、大地震が起こり、津波が襲来した。「聞出文盲下」には津波により「高知辺ハ久万、薊野、一宮、泰泉寺山の根迄一面の海と也。又引又打入第三番目の浪夥く正面に浪打入ならハ、高知の地形より二丈も高き程也」と記されている。また、「孕石家秘録」... 続きを読む

寛文元年の地震

image

寛文元年(1661)10月19日、局地地震。御家年代略記には「御城内破損」と記されている。 続きを読む

享保12年の大火

image

享保12年(1727)2月朔日昼九ツ時、越前町より出火し、御本丸、二の丸、三の丸にまで延焼した。また、翌2日にも越前町より出火し、町家や郷分に延焼した。焼失家屋は4,102軒で、このうち392軒は御侍中、3,110軒は町家、600軒は郷分の潮江・江ノ口・小高坂... 続きを読む

1 2,897 2,898 2,899 2,900 2,901 2,902 2,903 2,904 2,905 2,906 2,907 2,986