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昭和30年(1955)7月27日午前10時20分頃、かなり強い地震が起こった。徳島測候所の発表によると、震度4、震源地は剣山周辺の那賀川上流付近であった。 続きを読む
昭和21年(1946)12月21日、南海地震が発生し、津波が沿岸を襲った。この津波は、襲来時間が夜明け前であり、しかも満潮時と重なったため、かなりの被害を引き起こした。那賀川町では、今津の大手海岸が21箇所決壊し、100トンの貨物船が5隻、浜や田畑に打ち上げら... 続きを読む
嘉永7年(1854)11月5日、南海地震が発生し、津波が起こった。このため、那賀川河口の中島港は大破し、辰巳新田では60cmの地割れができたところもあり、黒津地の南新田が一面海になったと言われている。この時、今津の江野島大手海岸の松原が防潮堤の効果を発揮したと... 続きを読む
昭和21年(1946)12月21日午前4時19分、紀伊半島潮岬沖を震源とするM8.0の南海地震が発生した。「阿南市史」(昭和42年版)によると、阿南市では見能林で津乃峰神社務所と隣接の店舗が倒壊、神社職員1人圧死、津波の被害で大手海岸21箇所決壊、100トンの... 続きを読む
昭和35年(1960)5月23日4時11分(日本時間)、M9.5のチリ地震が発生し、津波は約1日かけて日本などを襲った。県内で最初の海面上昇は小松島の24日4時10分であり、周期は40~50分で、五波位の後は干潮時間となって橘町以外では問題にならなかったという... 続きを読む
宝永4年(1707)10月4日、大地震が午前10時に始まり、11時におさまった。家や木が崩れ、高い山から大石が落ちた。正午には、誰言うともなく、大波が打ち寄せるので山へ逃げようという。ほどなく川には白波が立ち、大波が見えたので、人々は右往左往しながら山へ逃げ登... 続きを読む
寛政元年(1789)4月16日夜九ツ下刻(午前0~1時)、大地震が起こった。福井の森家の「永代記」によると、所々堤防が破れ、川筋の水が濁り、所々で山崩れが発生した。富岡第住町の文殊院では、本堂の壁が甚だしく損壊し、秋葉山拝殿の壁が破損するなどした。また、町の土... 続きを読む