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嘉永6年の干ばつ

嘉永6年(1853)5月22日から8月12日まで、夕立、小雨を除いて、雨が降らず、干ばつとなった。各所で雨乞い祈祷が行われたが、旱害がひどく、稲作皆無の所もあったため、今治藩では米麦の貸し付け、検見の延期、年貢取り立ての猶予などにより、領民の救済を図った。(椋... 続きを読む

明治5年の地震

明治5年(1872)2月6日から3月6日まで、1ヶ月間の長期にわたって、断続的に地震が起こり、人々に恐怖を与えた。(椋名の庄屋・柳原家の記録「柳原家記録願控」による) 続きを読む

昭和55年の豪雨

昭和55年(1980)7月8日から降り出した雨は5日間断続的に降り続き、総雨量は253ミリに達した。町内全域に河川の氾濫、決壊が相次ぎ、道路の崩壊、人家裏のがけ崩れなどの被害が出た。人家裏のがけ崩れは26件発生し、宮浦では老人夫婦が土砂の下敷きになり重傷を負っ... 続きを読む

昭和15年の山崩れ

昭和15年(1940)7月8日、降り続いた雨により、泊の相田の谷の山崩れ、泊から田浦峠に至る区域の山崩れが起こり、田畑、家屋を押し流し、低地を埋め尽くした。このため、田浦では家屋倒壊により児童1人が死亡し、重軽傷者2人が出た。(泊尋常高等小学校長の「水害状況報... 続きを読む

享保3年の干ばつ

享保3年(1718)、日照り凶作のため、御公儀(松山藩)から550俵の給付があった。(「越智嶋旧記」による) 続きを読む

明治5年の地震

明治5年(1872)2月6日から3月6日まで、1ヶ月間の長期にわたって、断続的に地震が起こり、人々に恐怖を与えた。(椋名の庄屋・柳原家の記録による) 続きを読む

享保9年の干ばつ・高潮

享保9年(1724)、大干ばつのため、田植えできない田が11町あった。その上、9月14日高潮により新田堤が各所で決壊した。(「越智嶋旧記」による) 続きを読む

昭和33年の干ばつ

昭和33年(1958)8月2日、旱害、水飢饉。 続きを読む

昭和41年の台風21号

昭和41年(1966)9月20日、台風21号により床下浸水162戸、田45ha、畑埋没8ha、道路9箇所、橋流失1箇所、堤防決壊4箇所、山崩れ5箇所、被害総額4,115万円。 続きを読む

昭和39年の干ばつ

昭和39年(1964)8月、旱害。 続きを読む

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