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昭和29年(1954)9月26日、台風15号(洞爺丸台風)により、死者3人、負傷者116人、全壊219戸、半壊370戸、流失2戸、床上浸水121戸、床下浸水1,839戸、田の流失・埋没10町、冠水834町、畑の流失・埋没15町、冠水992町、道路58箇所、橋1... 続きを読む
昭和25年(1950)7月27日、台風9号(ヘリーン台風)が九州南西海上に接近してぐずつき、その後西に移動した。雲早山の多雨地帯で日雨量150ミリ以上の雨量を降らせ、山間部で道路、山崩れ等多少の被害があった。被害は田畑冠水15町(阿波郡八幡町)、煙草3反倒伏(... 続きを読む
昭和25年(1950)8月6日、熱帯低気圧が室戸岬の西から四国に上陸し、日本海に抜けた。7日10時に計った日雨量は最多雨地の川井で434ミリ、川上307ミリ、鬼籠野296ミリ、市場273ミリであった。阿波・麻植の被害が大きく、那賀川も増水したが、吉野川本流は大... 続きを読む
昭和12年(1937)8月、県内山地では100~200ミリの降雨に恵まれたが、海岸及び吉野川流域では甚だ少なくほとんど50ミリ以下であった。徳島では24.0ミリであった。/ほとんど米収なし。(「大俣村誌」による) 続きを読む
明治27年(1894)7月26日から8月末までの徳島の降雨量は24.5ミリで、近国もすべて干ばつに苦しんだ。同時に6月~8月は驚異的な高温となり、月平均気温は平年値より2度位の高めとなった。/水争い。(「中野島村史」による)/137日干。(「山川町史」による)... 続きを読む
明治32年(1899)8月28日午後、台風が九州南西部をかすめて愛媛県から鳥取に抜けた。愛媛県では別子銅山の崩壊によって512人の死者を出したほか、河川氾濫で150人ほど、香川で340人、高知で36人の死者を出した。徳島県では剣山周辺の雨量が200ミリを越した... 続きを読む