検索結果

29860件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

昭和7年の秋霖

昭和7年(1932)9月2日から16日までほとんど連日の降雨となり、毎日の雨量は非常に多いという程ではなかったが、合計雨量は200~350ミリとなり、海部郡では被害が出た。また、東祖谷山村では13日来数回の山崩れがあり、県道10m余り崩壊して数日間交通途絶した... 続きを読む

明治20年10月の台風

明治20年(1887)10月7日、台風が四国沖を通過、山林6町歩崩壊。(「井内谷村誌」による) 続きを読む

昭和9年9月9日の台風

昭和9年(1934)9月9日、台風が有明海から山口県に抜けた。雨は那賀川上流の山地で多く250ミリを越えたが、5日の150ミリ程度も加わって河川は増水し、道路・護岸の決壊、三好の山崩れのほか、農作物にも被害が出た。 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)6月末より8月中旬まで雨少なく、被害は近国一帯に及ぶ。干ばつ、飢饉。(「山城谷村史」による) 続きを読む

昭和12年の干ばつ

昭和12年(1937)8月、県内山地では100~200ミリの降雨に恵まれたが、海岸及び吉野川流域では甚だ少なくほとんど50ミリ以下であった。徳島では24.0ミリであった。/ほとんど米収なし。(「大俣村誌」による) 続きを読む

明治27年の干ばつ

明治27年(1894)7月26日から8月末までの徳島の降雨量は24.5ミリで、近国もすべて干ばつに苦しんだ。同時に6月~8月は驚異的な高温となり、月平均気温は平年値より2度位の高めとなった。/水争い。(「中野島村史」による)/137日干。(「山川町史」による)... 続きを読む

昭和13年の地震

昭和13年(1938)1月2日0時12分、田辺沖で地震が起こり、徳島県の大部分の最大震度は5であった。壁に割れ目が入る等の家屋の小破損が出た。 続きを読む

明治32年8月の台風

明治32年(1899)8月28日午後、台風が九州南西部をかすめて愛媛県から鳥取に抜けた。愛媛県では別子銅山の崩壊によって512人の死者を出したほか、河川氾濫で150人ほど、香川で340人、高知で36人の死者を出した。徳島県では剣山周辺の雨量が200ミリを越した... 続きを読む

明治39年の干ばつ

明治39年(1905)8月、干ばつ。徳島の8月降水量は21.2ミリで、少雨として第4位である。9月に時々雨があり、水稲の収穫は並となった。 続きを読む

大正2年の干ばつ

大正2年(1913)6月、梅雨期に入っても雨は少なく、7月も乾天の日が多く続き、小松島では月雨量が2ミリに過ぎず、徳島の15.7ミリも7月としては第2位の少記録となった。8月18日以降の降雨により干ばつ被害を軽減することができた。水稲収量は非常に悪いという程で... 続きを読む

1 2,391 2,392 2,393 2,394 2,395 2,396 2,397 2,398 2,399 2,400 2,401 2,986